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最高裁判所第一小法廷 平成6年(行ツ)109号 判決 1998年3月12日

上告人 国

右代表者法務大臣 下稲葉耕吉

被上告人 甲一女

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人○○らの上告理由について

一  原審の適法に確定した事実関係及びこれに適用される法令等の概要は、次のとおりである。

1  被上告人は、昭和23年5月5日に朝鮮人男性甲一男(以下「一男」という。)を父とし、内地人女性乙野花子(以下「花子」という。)を母として出生し、同年6月17日にその旨の出生届が右両名の婚姻届とともに提出された。右出生届は、一男によってされたものであり、認知届としての効力が認められる(以下、右出生届による認知を「本件認知」という。)。

2  現在、被上告人については、国籍を韓国とする外国人登録がされている。

3  花子は、平成元年9月、検察官を被告として、一男との婚姻の無効確認訴訟を提起し、同年12月1日、右婚姻は無効であることを確認する旨の判決が言い渡され、同月19日に確定した。

4  韓国併合後の我が国においては、内地、朝鮮、台湾等の異法地域に属する者の間で身分行為があった場合、その準拠法は、共通法(大正7年法律第39号)2条2項によって準用される法例(平成元年法律第27号による改正前のもの。以下同じ。)の規定によって決定されることとなり、朝鮮人父が内地人母の子を認知した場合の認知の効力については、認知者である父の属する地域である朝鮮の法令が適用されることとされていた。そして、大正11年制令第13号による改正後の朝鮮民事令(明治45年制令第7号)1条、11条によれば、旧民法(昭和22年法律第222号による改正前のもの。右改正後のものを「新民法」という。)827条2項の適用を受け、子は、朝鮮人父の認知により、その庶子となるものとされていた。

5  共通法3条1項は、「一ノ地域ノ法令ニ依リ其ノ地域ノ家ニ入ル者ハ他ノ地域ノ家ヲ去ル」とし、同条2項は、「一ノ地域ノ法令ニ依り家ヲ去ルコトヲ得サル者ハ他ノ地域ノ家ニ入ルコトヲ得ス」としており、異法地域に属する者の間で身分行為があった場合、一の地域の法令上入家という家族法上の効果が発生するときには、他の地域においても原則としてその効果を承認して去家の原因とすることを定めていた。その結果、戸籍に関しても、一の地域の戸籍から他の地域の戸籍への移動という効果を生ずることとされていた。そして、朝鮮人の親族相続に関しては、朝鮮民事令11条により、前記認知に関する規定のように別段の規定があるものを除き、朝鮮慣習が適用されることとされており、朝鮮慣習によれば、朝鮮人父の認知により庶子となった子は、戸主の同意を要することなく、当然に朝鮮人父の家に入ることとされていた。

6  本件認知のあった昭和23年6月17日当時、共通法も朝鮮民事令も有効に存在しており、朝鮮民事令1条にいう民法とは、なお旧民法を指すものと解されるから、内地人母の子は、朝鮮人父の認知により、その庶子となり、戸主の同意を要することなく、当然に朝鮮人父の家に入る(父の戸籍に入籍する)こととなる。

7  昭和27年4月28日の日本国との平和条約(以下「平和条約」という。)の発効により、我が国が、朝鮮の独立を承認して、朝鮮に属すべき領土に対する主権を放棄したことに伴い、それまで日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位を有していた人すなわち朝鮮戸籍令の適用を受け朝鮮戸籍に登載されるべき地位にあった人は、元来日本人で朝鮮人との身分行為によって朝鮮戸籍に入籍すべき事由の生じた人を含め、朝鮮国籍を取得し、日本国籍を喪失したものと解されている(最高裁昭和30年(オ)第890号同36年4月5日大法廷判決・民集15巻4号657頁、最高裁昭和33年(あ)第2109号同37年12月5日大法廷判決・刑集16巻12号1661頁、最高裁昭和38年(オ)第1343号同40年6月4日第二小法廷判決・民集19巻4号898頁参照)。

二  被上告人は、前記一3記載の婚姻無効の判決の確定により、被上告人は日本人である母の非嫡出子として出生したことになるから、出生の時点において、旧国籍法(昭和25年法律第145号による廃止前のもの)3条にいう「父カ知レサル場合又ハ国籍ヲ有セサル場合ニ於テ母カ日本人ナルトキ」に当たり、日本国籍を取得したものであり、前記出生届に認知の効力があるとしても、それにより日本国籍を失うことはないなどと主張し、上告人を被告として日本国籍の確認を求め、これに対し、上告人は、前記出生届は認知の効力を有するから、被上告人は、朝鮮戸籍に登載されるべきこととなった者であり、平和条約の発効に伴って日本国籍を喪失したと主張している。

三  第一審は、本件認知当時の朝鮮の法令では、朝鮮人父がその子を認知した場合、直ちに子は父の家に入籍するという慣習法が存在したから、共通法3条1項の要件が満たされ、他方、当時の内地の法令においては、子は認知により当然に父の戸籍に入籍することとはされていなかったが、旧国籍法23条では、日本人たる子が認知によって外国の国籍を取得したときは日本国籍を失うとされており、内地と朝鮮との間の戸籍の移動も旧国籍法の右規定と同様の条理、原則によって規律されるとすることには十分な合理性があるから、内地の法令の観点からみても、日本人たる子が朝鮮人父に認知された場合、朝鮮戸籍に入籍すると解するのに何ら支障はなく、その子は共通法3条2項の「一ノ地域ノ法令ニ依リ家ヲ去ルコトヲ得サル者」に当たらず、被上告人は、共通法3条により、朝鮮戸籍に入籍すべきことになり、朝鮮人としての法的地位を取得したというべきであって、平和条約の発効に伴って日本国籍を喪失したものであると判断した。

これに対し、原審は、朝鮮人父による認知がされた場合、父が属する朝鮮の民事実体法規である朝鮮民事令1条、11条により適用されるべき朝鮮慣習によって被認知者である被上告人は認知者父の家に入ることとなるが、(一) 朝鮮の右慣習法は、我が国の旧民法の基盤である家制度とほとんど同一の家制度に立脚するものであるところ、家制度は、新憲法が立脚する個人の尊厳と両性の本質的平等とは相いれず、これを我が国内において適用することは、新憲法の理念に真っ向から相反し、我が国の公の秩序、善良の風俗に反するから、法例2条の要件を欠き、法律と同一の効力を有しないものというべきであるし、また、(二) 共通法2条によって準用される法例30条により、そもそも家制度に立脚する右慣習法によるべき旨を定める朝鮮民事令の右各条項自体、その適用が許されないから、本件認知につき認知者、被認知者双方に適用される法令は新民法とするのが相当であるとした上、新民法によれば、被認知者である被上告人は、本件認知により認知者の家に入ることもなく、内地の家を去ることもないから、共通法3条1項に該当せず、朝鮮戸籍に入籍され内地戸籍から除籍されるべき者とはならなかったものというべきであり、被上告人は平和条約発効によって日本国籍を喪失しないと判断した。

四  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  韓国併合後も、朝鮮は異法地域とされ、かつ、法的規律が朝鮮慣習にゆだねられていた分野が多かったことからすると、朝鮮慣習の法的効力を判断するに当たり、明治45年勅令第21号によって朝鮮に施行されていた法例2条にいう「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗」とは、朝鮮地域における公序良俗を指すものと解すべきであり、内地におけるそれに基づいて当該慣習の効力を判断すべきではない。そして、本件認知後である昭和33年に公布された大韓民国民法も家制度を維持していたことなどからすると、前記の朝鮮慣習が本件認知当時の朝鮮地域における公序良俗に反するということはできない。したがって、原審の(一)の判断は是認することができない。

2  法例30条は、「外国法ニ依ルヘキ場合ニ於テ其規定カ公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スルトキハ之ヲ適用セス」と定めているが、この規定の趣旨は、当該準拠法に従うならば、内国の私法的社会秩序を危うくするおそれがある場合に、右準拠法の適用を排除することにあり、したがって、外国法の規定内容そのものが我が国の公序良俗に反するからといって直ちにその適用が排除されるのではなく、個別具体的な事案の解決に当たって外国法の規定を適用した結果が我が国の公序良俗に反する場合に限り、その適用が排除されるものと解すべきである。

この理は、共通法2条2項において準用する法例30条の適用に当たっても同様というべきであり、朝鮮地域の法令の規定自体が内地の公序良俗に反することによって直ちにその適用が排除されるものではなく、朝鮮地域の法令の規定を具体的事案に適用した結果が内地の公序良俗に反するか否かを検討する必要がある。原審は、朝鮮慣習が家制度に立脚しているから、日本国憲法が立脚する個人の尊厳と両性の本質的平等と相いれないなどと説示したのみで、右朝鮮慣習によることを定める朝鮮民事令11条等の適用を排除しているが、家の制度が日本国憲法及び新民法施行後の我が国の公序に反するからといって、直ちに当該朝鮮法令を準拠法として適用することが許されなくなるわけではなく、原審の(二)の判断には、法令30条の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。

右の観点から本件をみるに、本件認知によって庶子となった子が朝鮮民事令11条により朝鮮慣習の適用を受けて父の家に入るとすれば、共通法3条等により、子は父の朝鮮戸籍に入り、内地から朝鮮への地域籍の変動を生ずること(その結果、国籍の変動を生ずること)にもなる。しかし、父に認知された際に、非嫡出子が母の戸籍にとどまるものとするか、父の戸籍に入籍するものとするかは、基本的には立法政策の問題であって、そのこと自体が直ちに個人の尊厳ないし男女平等主義に反するということはできない。これを地域籍ないし国籍の変動の問題としてとらえてみても、当時、施行されていた旧国籍法23条は、子が認知によって父の国の国籍を取得した場合に日本の国籍を喪失する旨を規定していたところであり、このような規定にもかんがみると、認知により母の地域籍を去って父の地域籍に入ることは、平和条約の発効によって日本の国籍を喪失することにつながるとしても、内地の公序良俗に反するとまでいうことはできない。

そうすると、本件認知により被上告人が朝鮮人父の戸籍(地域籍)に入るということが内地の公序良俗に反するということはできないものと解するのが相当である。

なお、当時日本国内に施行されていた新民法及び戸籍法には子が父の戸籍に入ることを禁止する規定はなく、当時の旧国籍法23条及び戸籍法23条の規定にもかんがみると、被上告人が、内地の法令上家を去ることを得ざる者に当たるとして、共通法3条2項により朝鮮戸籍に入ることができないと解することはできず、被上告人は、本件認知によって、内地戸籍から除かれるべき者となったというべきである。

3  以上によれば、共通法3条の適用の結果、本件認知により被上告人が日本の国内法上朝鮮人としての法的地位を取得したことを否定することはできず、被上告人は、平和条約の発効とともに日本国籍を失ったものといわざるを得ない。

五  右と異なる原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、さきに説示したところによれば、被上告人の本件請求は理由がないことに帰し、これと結論を同じくする第一審判決は正当であって、上告人の控訴は棄却すべきものである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 遠藤光男 井嶋一友 大出峻郎)

上告代理人○○らの上告理由

一 はじめに

1 原判決は、<1>元来の朝鮮人である父甲一男が昭和23年6月17日に被上告人についてした出生の届出が認知の効力を有する(以下「本件認知」という。)と解しながら、<2>本件認知の効果は、朝鮮民事令(明治45年制令第7号)1条及び11条により「慣習ニ依ル」とされており、本件認知当時の朝鮮地域における慣習は、朝鮮人父に認知された非嫡出子は、母が朝鮮人であると外国人であるとの別なく、これを庶子とし、戸主の同意を要せず父の家に入るというものである(以下「朝鮮慣習」という。)ところ、このような家制度に立脚する朝鮮慣習は、我が国の公の秩序、善良な風俗(以下「公序良俗」という。)に違反し、法例(平成元年法律第27号による改正前のもの。以下同じ。)2条の要件を欠くから法律と同一の効力を有しないし、<3>朝鮮地域の「慣習ニ依ル」ことを定める朝鮮民事令1条、11条自体も、共通法(大正7年法律第39号)2条2項によって準用される法例30条によって、同様に適用されない、<4>したがって、被上告人は、共通法3条1項にいう「一ノ地域ノ法令ニ依リ其ノ地域ノ家ニ入ル者」に該当せず、朝鮮戸籍に入籍され内地戸籍から除籍されるべき事由が生じていた者に当たらないから、「日本国との平和条約」(昭和27年条約第5号)が発効しても日本国籍を喪失しない、とした。

2 しかし、原判決の右の判示は、

<1> 家制度に立脚する朝鮮慣習が我が国の公序良俗に違反するから法例2条の要件を欠くとする点において、同条の解釈適用を誤り、

<2> 朝鮮地域の「慣習ニ依ル」ことを規定する朝鮮民事令の1条、11条が共通法2条2項によって準用される法例30条によって同様に適用されないとする点において、同条の解釈適用を誤り、

ひいては共通法3条1項の解釈適用を誤ったものであり、これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二 法例2条の解釈適用の誤り

原判決は、「家」制度に立脚する朝鮮慣習を日本国憲法施行後の我が国内で適用することは、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚する「新憲法の……理念に真っ向から相反し、わが国の公の秩序、善良の風俗に違反する」から、朝鮮慣習は法例2条により、法律と同一の効力を有するものではない旨判示している。

よって検討するに、本件認知がされた当時、日本国憲法は、「内地」に限って現実に施行されていたから、原判決は、「内地」における公序良俗に照らして朝鮮慣習の効力を判断したと解される。しかし、特定の慣習が法律と同一の効力を有するか否かは、慣習が成文法のない場合に補充的な法源とされる(法例2条参照)ことに照らしても明らかなように、当該慣習が行われている地域の実定法秩序に即して判断すべき筋合いであり、したがって、法例2条にいう「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗」とは、当該慣習が行われている地域の公序良俗を指すと解すべきである。そうすると、朝鮮慣習が法律と同一の効力を有するか否かは朝鮮地域の公序良俗に照らして判断されなければならず、これを内地の公序良俗に照らして判断した原判決には、法例2条の解釈適用を誤った違法がある。

進んで、朝鮮慣習が朝鮮地域の公序良俗に反していたか否かについてみると、朝鮮地域においては、我が国の統治権が事実上及ばなくなってからも、1945年(昭和20年)米軍政令21号により「家」制度を含む従前の法令が有効とされた。また、1960年(昭和35年)に施行された大韓民国民法779条等は「家」制度を維持しており、781条1項は子は父の家に入籍する旨規定して、朝鮮慣習と同様の内容を成文化している。したがって、朝鮮慣習が本件認知当時の朝鮮地域の公序良俗に反していたとは到底いえない。

以上によれば、原判決が法例2条の解釈適用を誤り、その誤りが判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

蛇足ながら、原判決は、共通法2条2項によって法例2条が朝鮮に準用されるとしている(判決書18丁裏5、6行目参照)が、そもそも、共通法2条2項は異法地域間の準拠法に関する規定であるから、準拠法とは無関係な法例2条が共通法2条2項によって準用されることはない。法例そのものは、もともと明治45年勅令第21号によって朝鮮に施行されている。

三 法例30条の解釈適用の誤り

1 原判決は、「家」制度に立脚する朝鮮慣習は我が国の公序良俗に反するから、これによるべき旨を定めている朝鮮民事令1条、11条は、共通法2条2項によって準用される法例30条により、適用されない旨を判示している。

しかし、共通法2条2項によって準用される法例30条は、準拠法である外国法を例外的に排除することを定めたものであるから、その適用については慎重でなければならない。しかも、法例30条の適用に当たって問題となるのは、外国法の規定自体が我が国の公序良俗に反するかどうかではなく、外国法の規定を具体的に適用した結果が我が国の公序良俗に反するかどうかである。判例も同様の見解に立っている(最高裁昭和52年3月31日第一小法廷判決・民集31巻2号365ページ)。平成元年法律第27号の改正によって法例30条の「其規定カ」という文言が現行33条の「其規定ノ適用カ」と改められたのは、正に右趣旨を明らかにするためである。

したがって、本件で共通法2条2項によって準用される法例30条を適用するに当たっては、朝鮮慣習を適用した結果が我が国の公序良俗に反するか否かを具体的に検討する必要がある。

しかるに、原判決は、これを怠り、朝鮮慣習が家制度に立脚しているから、日本国憲法が立脚する個人の尊厳と両性の本質的平等とは相いれない等の抽象論を展開したのみで、朝鮮慣習によることを定める朝鮮民事令1条、11条が共通法2条2項によって準用される法例30条により適用されないとしたのであるから、原判決には、法例30条の解釈適用を誤った違法がある。原判決の論理に従えば、日本国憲法の施行後は、我が国に居住する朝鮮籍の父の嫡出子が朝鮮戸籍に入籍されることさえも、我が国の公序良俗に反するということになろう。

2 そこで、原判決の認定に基づいて、本件に朝鮮慣習を適用した結果をみてみたい。

被上告人は、元来の朝鮮人である父甲一男の認知により同人の庶子となり、同人の家に入り、朝鮮戸籍に入籍されるべき地位を取得することになるが、このような結果が我が国の公序良俗に反するか否かが検討されなければならない。この場合、一応、以下の3点が問題となり得る。

<1> 父に認知された非嫡出子が、母の意思とは無関係に、母の戸籍から除籍され、父の戸籍に入ることは、父母の両性の本質的平等に反しないか。

<2> 非嫡出子が父の戸籍に入ることによって、その親権者あるいは扶養義務者が母から父に変更されることは、非嫡出子の福祉を阻害し、個人の尊厳を損なわないか。

<3> 非嫡出子が父の戸籍に入ることによって、戸主から広範囲にわたって身分的拘束を受けることは、非嫡出子の個人の尊厳を損なわないか。

よって検討するに、

(一) <1>の点について

確かに被上告人の内地戸籍から朝鮮戸籍への異動は、日本国籍の喪失事由と直接結びつくこととなる。しかし、内地戸籍と朝鮮戸籍とが別々に存在するのであるから、内地戸籍に属する者と朝鮮戸籍に属する者との間で一定の身分行為がされた場合、右両名の所属する戸籍につき調整する必要が生じるのは当然である。この場合、朝鮮戸籍に属する父から認知された内地戸籍に属する非嫡出子について、内地戸籍にとどまるとするのか、内地戸籍から除籍されて朝鮮戸籍に入籍されるとするのかは立法政策の問題であり、それ自体は個人の尊厳ないし両性の本質的平等とは関連しない。

すなわち、認知された非嫡出子は、父母の戸籍とは別の新戸籍を創設しない限り、(ア)父の認知があっても父の意思とは無関係に母の戸籍にとどまるとするか(民法790条2項、戸籍法18条2項)、(イ)認知した父の戸籍に入籍するものとするか(旧民法733条1項)、いずれかの制度によるほかない。いずれの制度を選択するかは立法政策の問題であって、(ア)の制度を選択した場合、女性である母を男性である父に比較し不当に優遇するということはできないのと同様に、(イ)の制度を選択した場合も、男性である父を女性である母に比較し不当に優遇するということはできない。

したがって、<1>の点を理由として、朝鮮慣習を適用した結果が両性の本質的平等に反するということはできない。

(二) <2>の点について

大韓民国国籍を有する父には扶養能力がなく、扶養能力を有する母が子を監護養育している場合に、離婚に伴う未成年の子の親権者を父に限定する大韓民国民法909条を適用して親権者を父と指定することは、我が国の公序良俗に反し、法例30条により許されないとした前記最高裁判所昭和52年3月31日第一小法廷判決に照らせば、<2>の点が子の福祉を阻害する可能性があると考えられなくはない。しかし、それは朝鮮慣習を適用することによって直接生じた結果ではなく、子の親権者又は扶養義務者に関する朝鮮地域の別の慣習を適用することによって生じた結果(いわば派生的効果)である。すなわち、<2>の点は、父母のいずれが親権者又は扶養義務者となるかが問題とされている事案において検討すれば足りることであって、本件のように非嫡出子(被上告人)の戸籍上の処理が問題とされている事案において検討する必要はない。

したがって、<2>の点を理由として、朝鮮慣習を適用した結果が非嫡出子の福祉を阻害し、個人の尊厳を損なうということはできない。

(三) <3>の点について

この点も、右<2>の点と同様に、朝鮮慣習を適用することによって直接生じた結果ではなく、戸主の権限に関する朝鮮地域の別の慣習を適用することによって生じた結果である。

したがって、<3>の点を理由として、朝鮮慣習を適用した結果、非嫡出子の個人の尊厳が損なわれるとはいうことはできない。

以上検討した<1>ないし<3>のほかに、本件において朝鮮慣習を適用した結果が内地の公序良俗に反することとなる事情は見当たらない。

したがって、本件において朝鮮慣習が適用されない理由はなく、被上告人は、共通法3条1項にいう「一ノ地域ノ法令ニ依リ其ノ地域ノ家ニ入ル者」、すなわち、内地戸籍から除籍され朝鮮戸籍に入籍されるべき事由が生じていた者に該当し、「日本国との平和条約」(2条a項)の発効により日本国籍を喪失したというべきである(最高裁昭和36年4月5日大法廷判決・民集15巻4号657ページ、最高裁昭和37年12月5日大法廷判決・刑集16巻12号1661ページ参照。)。

四 結論

以上のとおり、朝鮮慣習は朝鮮地域の公序良俗に反するものではないし、本件認知に朝鮮慣習を適用した結果が内地の公序良俗に反するものでもないから、原判決は法例2条及び30条の解釈適用を誤り、ひいては共通法3条1項の解釈適用を誤ったものであり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。よって、原判決は、破棄を免れない。

以上

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